【壱】 一週間というのはあっという間に過ぎ去るものだ。 敦盛は急いでいた。祭りに行くといった敦盛を心配した父が幾つモノ救命道具(酸素ボンベ、マウスピースetc……)を持たせようとしてくれたのだが、別に山や川に遊びに行くわけではない。まして、ただの祭りで日帰りで、そこまで荷物を持っていくのは邪魔である。そんな父を説得していたら出発予定より少々オーバーして家を出ることになり、いつもより足早で敦盛は神社へ向かっていた。敦盛の足では集合時刻に間に合うか間に合わないか、微妙である。 急がなければ。 雨よけがついている道端のバスの停留所の前を通ると、中にいた銀色の髪の少年と目が合った。少年は腰まである髪を一つに結わってあり、ベンチで足をぶらつかせながらにっこり笑って敦盛に話しかける。 「そんなに急がなくても、大丈夫だよ」 1.「君は誰?」 2.「君はお祭りには行かないのか?」 「本当に晴れたー! うっしゃー! 今日は食いまくるぞー!」 日曜の夜。弁慶が出した黒いてるてる坊主の効果かどうか知らないが、見事晴れ渡った空は雲ひとつない快晴だ。祭りの夜にふさわしい天気といえよう。そんな中、全屋台制覇計画を持ち出した弁慶により、敦盛を含む仲間が一丸となって屋台潰しを開始した。 「敦盛さん、何か食べられないものってあります?」 「油が多く使われているものはまだ制限がかかってしまうが、他は大丈夫だ。ただ、あまり多くの量は入らないから、皆私の事は構わずに好きに食べるといい」 「なーにいってんだ。お前もオレたちの仲間の一人だろっ! お前も食うんだよ。ダメならお前の勝負運の強さで射的とかそういうゲーム系の屋台はお前の専門だから回すし、勝手に諦めてんじゃねーよ」 逃がすかよ……と意味ありげに唇の端を持ち上げたヒノエの言葉は嬉しくもあるが少し取っ掛かりを覚える。が、その理由はすぐにも知れた。 「またお前らかぁー! 今年もきおったなぁ!」 ことあるごとに屋台の親父から飛ばされる怒号。勿論敦盛にもそれが本当に怒ってるってわけじゃないのはわかっているが、その威勢のよさに一歩下がってしまう。 「おじさんっ! 今年もイッちゃうからよろしくね! ううん、去年以上かもよ? なんてったって敦盛さんがいるんだもん!」 嬉しそうに望美がそういったのは射的屋の前。強面のおじさんは望美の顔を見て、敦盛の顔を見て、黙って銃を渡した。どうやら寡黙な親父のようだ。それとも、何かまた別の理由でもあるのだろうか。 「去年は私たち全員でやって6つ景品がゲットできたんです」 望美はそれじゃあと敦盛に銃を渡して、皆はそれを見守った。確かに入院しているときにカードゲームや様々なゲームは習ったものの、射的は得意と言うわけではない。せいぜいおもちゃのエアガンを触らせてもらったくらいだ。病院内で発砲するなんて危険な真似出来るわけがない。 敦盛は自信なんか全くと言ってなかったのだが、この展開で断ったら何をされるかわからず(全員景品に目が血走っていた)、とりあえず以前望美がゴミ捨て場に捨てられていたポンタ君人形縮小版(1/5スケール)を狙ってみる。 ポヒュッ。コンッ。 妙な音がしたと思ったら、それは見事、ポンタ君人形縮小版に当たり落ちた。 望美から「きゃはっ!」と喜びの声が上がる。 「玉はあと4球。しっかり狙ってくださいね、敦盛くん」 弁慶から応援と共に貰ったのは、失敗は許されないというプレッシャー。皆本当にオーラが怖い。 「さぁ、次はあのポンタくんのシュガーライターです。更にその次はポンタくん特製ステンシルセット、ポンタくん等身大ボディタオル、最後はポンタくん暖簾(のれん)ですからね」 暖簾……一体何に使うのか。そもそも、なんでこんなポンタくんグッズばかりがこの射的屋には集まっているんだ。暖簾にまでなってしまうほどポンタくん人気があるというのも疑問である。 とは思うものの、敦盛の腕は鈍ることなく、あのポヒュッという音と共に言われたもの全部を打ち落とした。 射的屋のおじさんから重い溜息がつかれた。 「ふふっ、これで今年もまた全屋台制覇できましたね。敦盛くん、ナイスファイトですよ」 「うっし! やれば出来るじゃねーか、敦盛!」 珍しく弁慶とヒノエからも歓声の声が上がって、敦盛も頬を染める。この二人から褒められるなんて、何だかよっぽどの事のようで嬉しい。 「やっぱり貴方、ゲームの才能があるわね。また来年も貴方にはゲーム系の屋台はお任せかしら」 思いの他、朔まで喜んでくれているようだ。 「来年、か。そうだね、見られるのならばまた来年、君の活躍が見たいかな」 「あ、景時さん。景時さんもお祭りを見に?」 カメラを携えてニコニコと笑った景時が近付いてきた。だが敦盛はふと、景時が以前言っていたことを思い出して、反応に一歩遅れてしまう。 「うん、って言うか、これが目的だしね。俺は毎年これを撮るために、ここまで来てるようなものだし」 「そうだったのですか……」 景時の出現に皆動じることなく笑顔で出迎える。その様子からしても、景時が敦盛以外の仲間とは既に知り合いであることは物語っていた。 そういえば、以前望美にも景時と知り合いかと尋ねられている。敦盛の動揺を気にした様子も無く、景時は和やかに仲間たちと話していた。 「弁慶くん、確か君は今年もチモ踊りを踊るんだよね?」 「ええ、まぁ。代々こればかりは家系ですので」 弁慶があんな困ったように笑うのは初めてで、敦盛は何があるのかとヒノエを見る。敦盛の視線に気付いたヒノエはにんまりと笑った。 「コイツの家系はいつもチモ祭りの時にチモ踊りを踊るんだよ。チモ踊りなんつー阿波踊りっぽいのは名ばかりに、扇で舞を踊るんだ。まぁ、格好がどうであれそれなりに上手いぜ、コイツ」 「ヒノエ。何を言うつもりですか?」 余計なことをまさか言うつもりじゃないだろうな?という意思表示なのか、弁慶の目が剣呑に光る。そんなことは何処吹く風のヒノエは口調はたいしたことなさそうながら、しっかりと望美の後ろへと隠れていた。 「いいじゃん、どうせあと三十分もすれば解ることだろ?」 「まさか全員で見に来る気ですか?」 明らかに弁慶の顔はゲッと言いたいそうで、それを見なかったことにしていたらバッチリ目があってしまい、敦盛は引きつった笑顔を浮かべた。 「弁慶殿が踊るのか? それは楽しみだ」 「敦盛さんも見たいよね。毎年すごいんですよ、弁慶さん。年を追うごとに可愛いから綺麗になるんだもん! ねー、朔」 「本当、女の私たちよりも美しいって、ある意味罪だと思うわよ?」 ニコニコと朔は笑っているが、どうやらその褒め言葉も弁慶にとっては褒め言葉では無いらしく、複雑な表情を浮かべていた。 「なんにせよ、僕は準備がありますから。これで」 「うん、頑張ってね!」 望美筆頭仲間内からの応援の言葉を貰って、弁慶は片手を挙げつつも複雑な表情をしながら去っていった。 それから弁慶の舞の時間となるまで敦盛はお祭りを堪能した。何もかもが初めてで、敦盛はしばし週刊誌の記事や景時の言ったことなどを忘れてその一時を楽しんだ。 【壱】 了 【弐】 20060824 七夜月
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