【弐】 早く行かなければ良い席がなくなってしまう。 そう急かされて敦盛が神社の人垣が出来たところを望美に手を引かれて入り込むと、神殿の中で巫女服姿を見に纏った美しい女官を見つけた。 「ねぇ、敦盛さん。アレ、誰だか解る?」 金髪のその巫女を指した望美はやけに楽しそうで、またヒノエも望美と同じ顔をして敦盛を見上げている。 「アレ、弁慶さんなんです。凄いですよね〜、また今年も綺麗になってるんだもん」 「えぇ!? あれが!!」 敦盛は開いた口が塞がらない。それほどと言っても過言では無いほど驚いた。 弁慶は化粧もしているらしく、ここから見たらどう見たってあれは女性そのものだ。舞を踊る所作も指先一つが丁寧で、そのきめ細やかな動きは女性にしか見えない。 「チモモリ様は舞が好きなんだ。ついでにいうと、美しい女性もね。一番好きなのは獣のような本能を備えた美しい女性らしいけど、大昔から舞巫女に選ばれるのは藤原の一族なんだ。今年は女性が居ないから、弁慶が代わりに女装して踊ってるって訳。大昔女性が生まれなかったときもこうした事例はあるから、問題は無いんだけどさ」 見ているこちらはその美しさに圧倒されていたが、あれだけ渋っていた弁慶の気持ちが少し分かる。それは確かにこんなところを見せびらかしたいとは思わないだろう。似合っているとは言え、だったら自分がやれと言われたら躊躇うに決まっている。 「弁慶殿も大変なんだな……」 「しょーがねーよ。アイツの両親、もうこの世にいねーし、踊れる奴はアイツだけだ。アイツも俺も、一人ぼっちだしな」 何となく呟かれたその言葉。聞き逃しじゃなければ、かなりヘビーな内容である。絶句してしまった敦盛をチラっと見上げたヒノエは苦笑する。 「なんて顔してんだよ。別に親が居ないことなんて珍しいことでもねーだろ? お前は気にすんな」 ヒノエと二人話していると、舞の奉納が終ったらしい、いささか笑みを浮かべた弁慶が戻っていく中、彼が祈祷した扇を手に持った村人たちがぞろぞろと移動を始めた。 「敦盛殿、私たちも行きましょう。もうすぐ扇流しが始まるわ」 朔に呼ばれて頷きかけた、敦盛は一人ふらついて歩いている景時を見つけた。あちらはどうやら神殿の裏手のようで、敦盛にはまるでわざと人気のない所へ移動しているように見える。敦盛はその景時の行動が気になった。ついでに、景時から言われたことも思い出す。気になったままにしておくよりは、やはり聞きたいことがあれば尋ねた方がいい。 「すまないが、先に行っててくれないか? すぐに追いつくから」 「? 貴方がそういうなら良いけど……分かったわ。道に迷わないように気をつけてね」 「ああ」 笑みを浮かべて安心させるように朔を見送ると、敦盛は迷わず景時に近付いた。 「景時殿、少しお話があります。今、いいですか?」 景時も敦盛がついて来ることは知っていたのだろう。なんの用かな〜、とちょっと困ったように鼻の頭をかいた。 「いいよ、誰かに聞かれたら困る話?」 「いいえ、そういうわけじゃ……ただ、この間言っていた被害者にならないようにってどういうことでしょう」 妙に気になってしまっていた。自分が心配性なだけでたいした話でなければそれでいいのだが。 「ん? ああ……実はあんまり大きな声じゃ言えない話なんだけどね、実は毎年このチモ見沢ではチモ祭りの後に誰かが必ず行方不明になって、誰かが必ず病院送りになる事件が起きるんだ。地元の人たちの間では密かにチモモリ様の崇りなんじゃないかって言われてる」 「チモモリ様の……崇り?」 「そう、チモモリ様の崇り。病院送りになった連中は皆、記憶を失っていて自分がどうしてこんな事になっているのか、全然覚えていないんだ。行方不明になった連中も、数日後に丸裸にされて村の入り口へフラッと戻ってくるけれど、誰も何も覚えていない」 そして言いにくそうに、景時は口を開いた。 「昔ね、この村を埋めてダムにする計画が持ち上がったんだ。でも、村人が一致団結して、それを抗議した。そしてあるとき、一人、二人と工事現場の要員が行方不明になっていった。結局、工事をする人間が全員消えてしまったそのとき、気味悪がった計画者が手を引き、ダム計画は立ち消えたんだよ。それから数日して、行方不明者だった全員が村の入り口で折り重なるようにして気を失っているのが発見された。全員、衣服も何も着用せずに、ね。幸い意識はあったらしいんだけど、記憶は全くなくってね。警察の方でもお手上げ状態。仕方なく捜査を打ち切った、って感じかな」 【弐】 了 【参】 20060630 七夜月
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