【参】 「……随分悲惨な事件だったんですね」 素っ裸で土の上に転がされていたのかと思うと、深い同情の念が湧く。可哀想に……、見つかったときに公然わいせつ罪で逮捕されなくて本当に良かったと、敦盛はちょっと違った思考で戻ってきた行方不明者たちの安否を気遣った。 「んーまぁ、気味が悪いかもしれないけど、怪我人はいなかったし、それほど悲惨ではなかったかもしれない。けどね、それ以来、毎年このお祭りの日になると、誰かが一人消えて、誰かが病院送りになるんだ。ダム計画に少しでもいい顔をした人間側を対象として、ね」 景時の目線が鋭くなった。額に手を当てて、カメラを弄る。それはきっと、考え事をするときの一種の癖なんだろう。 「いい顔をした人間側……?」 「まぁ、つまりダム計画に賛成してた家の人間ってことだよ。君が一緒に居たヒノエくんや、弁慶の家族はそうなんだ」 「え、それじゃあ二人の両親って……」 今までの話から推察すると、二人の両親はもしや被害者側の人間になるんじゃないだろうか。 「そう、この崇りの犠牲者だ。最も、二人の両親とも犠牲にあってから数日後に病気で他界してしまったんだけど」 崇りとは直接関係ないのか、それともこれも崇りなのかは敦盛には判断できない。 「話はそれだけかな? 俺、今度は扇流しの写真を撮りに行きたいから、もう行くね。君もお友達が待ってるだろう? 早く行った方がいいよ」 話に夢中になっていて、ついうっかり扇流しを忘れていたが、そういえば望美が嬉しそうに敦盛の分の扇も奉納していた。 望美を悲しませることはしたくないと、敦盛は頷いてお礼を述べた。 「そうですね、話を聞かせてくれて有難うございました」 「いいや、大したことはしてないよ。それじゃあまたね、敦盛くん」 景時はひらひらと手を振り、この間と同じように足早に去っていった。敦盛もボーっとなんてしていられない。仲間の後を追って、足早に歩いた。 話を整理すると、どうやら毎年行方不明者と病院送りになる人間が現れるという。ただ、怪我をするわけではなくて、どうやら記憶を失い、行方不明者は素っ裸で村へ戻ってくるらしい。 「なんて不可解な事件なんだ……」 推理しようにも情報が足らなさ過ぎる。もっとも、敦盛程度の人間が推理したところで、解決するはずもないが。 扇流しの川までは一本道だ。橋の手前までやってくると、望美が手を振りながら敦盛を待っていた。その手に持っているのは、敦盛の分の紙の扇。 「敦盛さん、これ、敦盛さんの分です。ほら、名前が書いてあるでしょう?」 「…………神子が書いたのか?」 「だって、名前書いておかなきゃ誰のかわからなくなっちゃうし」 迷惑でした? と、少しだけ表情を曇らせた望美に慌てて否定する。別に敦盛はそういう意味で尋ねたのではない。むしろ、敦盛としては感謝しているのだから。 「いや、ありがとう」 それにしても、こんなに川に紙を流して、水質汚染になったりしないのだろうか……。 お祭りと分かっていても、ついうっかり道徳的観念を捨てない敦盛であった。 「神子、川の魚は大丈夫なんだろうか?」 「え、ああ、もしかして水質汚染とかの話ですか? 大丈夫ですよ。それ、特注のトイレットペーパーですから。ちゃんと水に溶ける繊維です。無駄なプランクトンの発生を抑えて川の状況をなるべく変えないようにきちんと計算されて作られてますから。昔は普通の紙を使ってたんですけど、最近はお祭り一つ行うにもにも環境破壊とかそういうのを考えなくちゃいけなくて」 「と、トイレットペーパー……不思議だな」 そりゃまぁ、流せれば何でも良いんだろうが。 敦盛は訝しげにしながらもその紙を流した。こうしてみると、扇形の紙が流れていくさまは儚くも美しい。こうして身の穢れを払っているのだから、幻想的でもある。 「これで敦盛さんも、立派にチモ見沢の人間ですね」 「え?」 「歓迎しますよ、敦盛さん。チモ見沢へようこそ」 引っ越してきたときと同じ事を、望美は敦盛に言った。変わらぬ笑顔だ。何も不審な点は無い。 だから敦盛も差し出された手を握り返し、笑顔を浮かべたのだ。 この後起こる惨劇には一切気付かずに……。 【参】 了 【四】 20060701 七夜月
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