【四】 「ちっきしょー! また負けた! 敦盛てめぇ、ずるしてんじゃねーだろーな!」 「そんなことはしてない、ただ……」 「あーもーうっせ! もう一回勝負だ」 翌日、部活と称していつものメンバーで集まって遊んでいると、九郎が教室の入り口から敦盛を呼んだ。 「敦盛、ちょっと来い」 「はい。じゃあ皆、私は少し抜けるから、続きは私なしで頼む」 「こんにゃろっ、勝ち逃げすんなぁ!」 敦盛は立ち上がり、呼ばれたまま教室を出て行く。背後でヒノエが喚いていたが、聞く耳は生憎持ち合わせていない。 付き合いが一月とも経てば、さすがにヒノエをあしらうことなど造作も無いことである。 九郎に案内され玄関までやってくると、そこに立っていたのは見知らぬ青年だった。 「よっ、初めまして、だな。俺はこーいうもんだ」 ひらっと見せられた警察手帳。敦盛は警察にお世話になるようなことをした覚えはなく困惑した様子で警察手帳とその青年を見据えた。手帳の名前には、有川将臣と書いてある。 「別にとって喰ったりしねぇよ。ただちょっと話を聞かせてもらいたいんだ。でもここは熱いな、車内に行くか。クーラー効いてて気持ちいいからさ」 言われるまま靴を履き、後についていく。どうやら裏門のところに止められている車に行くらしいが、聞きたい事とは一体何の事だろうか。 「飲みモン飲むか?」 「いいえ、今はいいです」 「んじゃ、悪いけど俺喉渇いてるからちょっくら飲ませてもらうわ」 そういって、助手席に案内された敦盛は隣で無糖の缶コーヒーを飲む将臣が口を開くのを待った。 「悪いな、マジでそんな固くなんなって。別にお前を逮捕するとかそういうことじゃねぇんだ。さっきも言ったように、話が聞きたいだけだって」 「なんでしょうか」 笑っていた将臣の顔が引き締まる。手に取り出したるは手帳のようなもの。警察手帳とはまた別物のようだ。 「昨日の晩、チモ祭りの最中お前梶原景時と会って話したよな? 村人からそういう証言が出てるんだが、間違いないな?」 「え、ええ。確かに私は昨日の晩に景時殿とお話をしました」 「どんな話をした? それから、その後に奴にあったか?」 「いいえ、会ってません。話した内容は、チモモリ様の崇りとかそういったことを。……でも、急になんですか? 何故そんなことが必要なんです?」 さすがに敦盛も、理由も知らずに聞かれるというのもあまり気持ちがいいものではない。敦盛にしては珍しく少し語気を強くして返すと、ぽりぽりと頭をかいていた将臣は結局口を開いた。 「昨日の晩、梶原景時が病院に運ばれた。発見された場所はいつも行方不明者が出てくる村の入り口から50m付近の林の中。外傷は無いが、意識不明だ。血も流されてなかったし、傷害とは言いがたいんだけど、とりあえず毎年こう続くようじゃな……」 「景時殿が……!?」 景時がチモモリ様の崇りの犠牲者に。それを聞いた時、敦盛の中で何かが危険信号のように脳内を制圧する。 「景時殿は無事ですか!?」 「あ、ああ。ただ意識不明なだけで別に命に別状はねぇってよ。ただな、多分今までの例から言っても、記憶は無いだろうし、証言が得られる可能性は少ない。だからこうして、事情聴取を別の人間にしてるわけ」 敦盛の見た目や性格からしても、いきなり迫られるとは思っても見なかったのだろう。将臣は詰め寄られて目を丸くしている。 「そう、ですか……良かった。でも、残念ながら私は何も出来ません。先ほども言ったとおり、彼と話したのはその証言があるときだけですから」 「ふぅん。それじゃあ、梶原朔や春日望美はどうだ?」 「え?」 将臣の目の色が変わる。獲物を狩るハンターのような目。こちらが本物の刑事としての将臣の姿であると、見た瞬間に敦盛にも分かってしまった。 「彼女たちがなんだって言うんでしょうか。まさか刑事さん、疑ってるんじゃ……」 「なぁ、お前敦盛っつったよな? 数年前のダムの事件を知ってるか?」 「え、ええ。知ってます。それを昨日、景時殿から聞いて」 「その事件の反対側の住民の代表って、誰だか知ってるか? 梶原の先祖なんだよ。あの梶原家は、このチモ見沢の実質的な権限を握っている。村長とはまた別の昔からのお家柄って奴なんだ」 「それがなんだと言うんですか?」 「おかしいじゃねぇか。いつだって狙われてきたのはダム建設賛成派の人間、春日望美もな、転校してきたとは言っていただろうが、元は春日家はこのチモ見沢出身なんだ。言うなりゃ出戻り。ついでに言うと、春日はダム建設反対派の副代表」 将臣の目が嫌いだった。敦盛は何も知らないし嘘もついていないのに、何もかもを見透かされているかのように見えて。鋭く心の内側までえぐられるような、そんな視線。 「私は……そんなの、信じませんし、彼女たちがやっただなんて思いませんから。すみませんが失礼します」 心を晒された気になったせいだろうか。幾らか不機嫌になりつつ、敦盛は車のドアを閉めた。敦盛にしては本当に珍しいほど感情の表れ。わざと大きな音を立てて、である。将臣とはまさに、そういう人間のようだった。 だが敦盛は首を強く振ると今聞いたこと全て否定した。 信じるんだ、彼女たちの優しさを。転校してきた自分を彼女たちがいつだって助けてくれた恩義は忘れない。 「敦盛く〜ん、また何かあったら連絡するから教えてくれよ。な?」 にこりと不敵な笑顔を向ける将臣。それには返事をしないで小走りになりながら教室に敦盛は戻った。 【四】 了 【楽屋裏其の弐】
20060701 七夜月
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