【参】 「敦盛、電話ですよ。有川書房っていう本屋さんから」 「母上、二階に回してください」 卓上の電話が鳴り響き、敦盛は自らの勉強机の上に乗っていた電話を取り上げた。 「はい、もしもし」 「おっ、敦盛か。前に一回会ったよな、有川将臣だ」 「けっ、刑事さん……!?」 周りに誰も居ないことを確認してから敦盛は受話器を聞き耳に持ち替えた。 「どうして電話番号を……それより、本屋って……」 「警察ですって名乗るのも効率悪いときがあんだよなぁ、特に今は極秘調査中だし」 将臣の電話の向こうから、微かだが人々のざわめきの声が聞こえてくる。 「いけぇえ! ディープインパクト!!」とか聞こえてくるのは気のせいだろうか。 敦盛は胸騒ぎがして早く電話を切るために、口早に告げる。 「何か用ですか? 用が無いならこれで」 「チョイ待ち。用がなきゃこっちだってかけねぇよ。んで、あれからどうだ? なんか進展とかあったか?」 「進展? そんなものありません、刑事さんの勘違いです」 チラッと昼間の望美の様子が頭をよぎったが、敦盛は首を振って言わないことにした。 「…………ふぅん。まぁ、いい。それで、じゃあ逆にこっちになんか聞きたいことあるか?」 将臣が作り出した妙な間は気になったが、結局敦盛はその点については突っ込まなかった。歳のわりにこの刑事は鋭く、もしも墓穴を掘ったら敦盛は上手く切り返せるかどうか自信がない。 そのことは忘れ、そして将臣からの提案に、昼間望美たちが話していた湛快という人物の名前が頭の中に浮かんできた。 「湛快って人がいたのは知ってますか?」 「湛快? ああ、藤原湛快か。ヒノエの兄で弁慶の叔父に当たる人物だ。去年のチモモリ様の崇りって奴の犠牲者の一人。数日間行方不明になっていたんだけど、またふらふらっと戻ってきた。ただし、記憶を全て失ってな。崇りっても、普通だったら記憶はその事件中、またはプラス事件前後だけがなくなるケースが多いんだが、湛快だけは異例のほんまもんの記憶喪失ってわけ。弟の事も、甥のことも、何一つ覚えてなくて、搬送先の病院で現在も入院中。記憶が戻る可能性は極めて低いって診断されたらしいな」 「ヒノエの……兄……」 「んで? 何かこっちに話すことでも出来たか?」 「……刑事さん、そのチモモリ様の崇りは、転校生は皆巻き込まれるんでしょうか?」 「さぁなぁ〜でも、湛快の件から考えてみると、全く無関係でいるってのは無理な話かもしんねぇな」 「景時殿が狙われて、あと一人は誰なんでしょう……私、でしょうか?」 「それは正直俺にもわかんねぇ。けど、絶対にお前に手出しはさせねぇよ。安心しろ」 「…………はい、有難うございます」 将臣の言葉は間違いではなかった。実際敦盛はもう、この事件に巻き込まれてしまっているのだ。望美の件、景時の件、そして知ってしまったチモモリ様の崇り。 受話器を置いて、勉強でもしようかと教科書を開いたら、控えめにノックが聞こえてきた。 「敦盛、飲み物を持って来たよ。飲むかい?」 「ありがとうございます、父上」 父親である経正の声だ。敦盛は立ち上がり襖を開ける。するとそこに立っていた父親の持っているお盆には麦茶が入った二つのコップがあった。 「父上、これは?」 「これはって、敦盛……望美ちゃんが、来ているんだろう? お前だけの分しかいれないわけにはいかないと思って」 「え? 何のことです?」 「何って、敦盛も男だから父も別に悪いとは言わないけれど、年頃の娘さんを呼ぶならもっとまともな時間にしなくてはね? ……そういえば望美ちゃんは?」 父親はキョロキョロと部屋を見渡しているが、敦盛はそれどころじゃない。 「来たのですか!? 神子がここに……ッ!?」 「あ、ああ。部屋の場所は教えたから間違いないと思うんだけど。もう帰ったのかな」 じゃあ、たった今全部電話で話していたことを聞かれていたのだろうか? 自分が狙われていること、湛快さんの話、隠し事はしていないといっていたのに、電話しているところを聞かれてしまったんだろうか。 ではずっと、聞き耳を立ててそこで……。 身震いが起きる。それ以上、考えたくなかった。敦盛は父親が持ってきていた一つのコップを手に取り一気に飲み干すと、それをまたお盆の上に戻して襖を閉めた。 「おいっ、敦盛! どうしたんだ一体? 」 「ありがとう、もういいです。それは父上が飲んでください」 窓に近寄り、カーテンを閉めようとしたとき、窓の下を何か黒いものが横切った。何かまでは解らない。正体のつかめぬまま、敦盛はその日、様々なことに怯えたように布団に包まって夜を明かした。 【参】 了 【四】 20060706 七夜月
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