【四】



「38.5度。こんなことになるなら、濡れてまで学校行くなんて馬鹿のすることです。まったく世話ばかりかけて」
 翌日、風邪を引いてしまった敦盛は、学校を休んだ。母親も父親も今日は仕事らしく、朝体温を測ってからは敦盛はずっと一人で寝込んでいたのだが、母親が置いていってくれた保険証を手に持ち、だいぶ身体の具合が良くなった午後、一人で診療所まで出かけた。
 元々人口が少ない村にある診療所だ。そんなに混んでいないだろうと思っていたのだが、思った以上に人の数があった。よくよく考えてみれば、ここには専門の医者があるわけではなく、全ての病気をこの診療所でまかなっているのだ。内科・外科・小児科etc……中には、接骨院代わりにこの病院へ訪れる患者の姿も見受けられた。
「平さん、それじゃあこれお薬。三食の後にきちんと飲んでね。用法はこちらに書いてありますから、必ず目を通してください。お大事に」
 薬の入った袋を貰って、敦盛は病院を出た。もう夕方になっている。熱でボーっとした身体で歩いていると、一台の車が敦盛の脇を徐行運転で通り抜けていく。パフッとクラクションが鳴らされ、顔を上げた敦盛の前に、車から丁度降りてきた将臣が立ちふさがった。
「よっ、学校行ったら休みだって聞いてさ。風邪か?」
「……昨日雨に濡れてしまったので」
「そっか、お大事にな。話があるついでに家まで送ってやるよ。風邪ならそうだなぁ……上手いメシ屋があんだぜ。何か食わないとマズいだろ? そこではお粥もあるし、さっぱりしたもんがあるからきっとお前でも食えんだろ。そこ行こう」
 将臣は敦盛の返事も聞かずに手をとると、敦盛をさっさと車に乗せてしまった。
「町までちょっと出るな。具合悪くなったらすぐに言えよ」
 実際、具合が悪いと本当に言って聞くのかどうかは、ここ数日の将臣の行動からして謎だ。
「話って、なんですか?」
「いや、なんつーか、この間の電話がちょっと気になって。何でお前自分が狙われてるだなんて思ったんだ?」
「それは……」
「そう思うような心当たりがある。違うか?」
「………………」
「敦盛」
「……」
 病気で弱っているせいか、この年若い刑事に何でもかんでも話してしまいたい衝動に駆られる。けれど、それは皆を裏切ることになるのだろうか? あんなによくしてくれた仲間たちを裏切ることに。
「敦盛ーあのさ、勘違いしてるようだから言うけど、俺たちはあらゆる事実の可能性を求めてるだけで、前に言った梶原家や春日家の関わりもこの事件の一部にしか過ぎないんだよ。犯人に繋がる手がかりは、どんなところから現れるか解らない。だからこそ、俺たちはこうしてあらゆる可能性に手を伸ばすわけだ。じゃなきゃ、こんな昼間っから野郎なんぞにメシ奢るなんて薄ら寒いことやらねぇよ」
 随分酷い言い様な気がしたが、確かに少しだけ楽になった気がする。
「お前が何かを話したところで、それは事実を言っただけだ。仲間を裏切ることにはならない。敦盛、頼む。俺たちに協力してくれないか?」
 どうやら考えていたことは見透かされているらしいようだ。
 敦盛はとうとう、観念したように口を開いた。
「…………昨日、教室で神子たちが次に狙われるのは神子じゃないかって話をしているのを偶々聞いたんです。そうしたら、神子が転校生だから狙われるんじゃないかって言う話をしていて……」
「……ふぅん、なるほどねぇ。転校生だから狙われる、か」
 将臣は顎に手を当てて考えていた。以前にもどこかで、これと同じようなポーズを見たことがある気がする。どこでだろうとボーっとする頭で考えていると、視界がぐらっと揺れた。
「……? 敦盛? 敦盛……!」
 ああ、そうだ確か第一の犠牲者となった景時さんもこうして考えるポーズをとっていたっけ。
 デジャビュを感じながら、敦盛はゆっくりと記憶をフラッシュバックさせた。
『君が被害者にならなければいいけど』
 景時が言った言葉が木霊する。景時は知っていたのだろうか、これからの結末を。真実を……。
 将臣が後部座席に身を乗り出してくる。それを最後に見て敦盛の意識は飛んでしまった。
 熱が上がったのか、なんて他人事に考えながら、敦盛は額に当てられた手の冷たさの気持ちよさに、そのまま深い闇に身を投じた。


 【四】 了 【楽屋裏其の参

【第三話 了】





    20060706  七夜月


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