曼珠沙華の咲くまでに 3 朝っぱらから、また珍獣のような声が響くな、と知盛は溜息をついた。 「知盛、おはよう!」 「またお前か……いい加減飽きろ」 望美は今日もまた知盛に出会ったあの野原へと来ていた。だが、知盛は嬉しくない。たった一人で眠れる絶好のポイントだったのに、この娘は朝からという非常識な時間帯から押しかけてくるのだ。 「飽きないよ、だって知盛いつも違うところにいるんだもん。かくれんぼみたい」 探すのが楽しいと笑顔で言ってのける望美。ちなみに、今日は知盛は木の上に寝そべっていたのだが、あっさりと望美に見つかった。 木によじ登ってきた望美は幹の上に座り込むと、ふーっと安堵の溜息をつく。一休みだ。 「あ、あのね、知盛、見てみて」 望美がそういって後ろを振り向く。今日は以前重衡に貰った真珠の髪飾りをつけてきていたのだ。髪を結い上げて留めてあるそこに、髪飾りが綺麗に映える。 「どうどう? これ重衡に貰ったんだけど似合う?」 「知らん」 「もう少し気の利いたこと言ってよ」 知盛だから元々気にしていたわけではないけれど、やっぱりそれなりに何か言って欲しい。そう思うのが乙女心だ。 「そういえば、以前も俺をそいつと間違えたな…重衡とは誰だ」 その質問に、望美は不意をつかれる。聞かれるとは思っていなかったので、どうやって答えようかと思案顔になった。 「私の許婚だよ。すっごく優しくて、いつも色んなものをくれるの」 「それはそれは……良かったな」 「それで、知盛、これ似合う?」 犬みたいにしつこく尋ねてくるので、知盛は結局目を見開くとその髪飾りに手をかけた。そして、するっと外してしまう。 「あー! なにするの! これすっごい時間かかったんだよ!」 「華美な装飾など…お前には似合わない。こちらの方がずっといい」 ただ、髪飾りも何もつけずに、広がる髪。どうせまた適当に言ったのだろうとか思ったけれど、知盛が満足そうに目を閉じたので望美もまぁいいかと相槌を打った。 「お前、ここが気味悪くないのか?」 「どうして?」 「こんなに赤い華に囲まれて、何か出そうだとか人間は思うものだろう」 「そうかなー? 私は曼珠沙華好きだから綺麗だと思うよ?」 「…………」 普通の人間なら、絶対に立ち入らないような雰囲気を醸し出すこの場所。だけれど、望美は特に不満を感じたことは無かった。素直にここに咲いてる花は綺麗だと思うし、会うのが夜が多いとしても不気味だと思わない。 「曼珠沙華ってね、死者が帰る時に咲く花なんだって。死者が大事な人のところへ戻るときに、迷わないように道しるべになるらしいよ」 「へぇ」 「だからね、もしも迷うことがあったら、曼珠沙華の咲く場所を探しなさいってお母さんに教えられたんだ」 望美が唯一、本当の母親から教わったことである。朔と望美は姉妹だけど、その力故に望美は別の家から引き取られた娘だ。本当の母親はもうとっくに他界してしまって、二度と会うことは叶わないけれど、望美は母親から教えてもらった一つ一つをちゃんと覚えている。それに今の母親だって優しいいい人だ。温かい家族に迎え入れられて、寂しさも自然と薄らいでいった。 ただ、知盛を見ていると、昔の自分と少しだけ被り、母親を亡くした頃の自分を思い出してしまう。 「ねー、知盛…知盛っていつも一人ぼっちだけど、寂しくない?」 「煩わしいものが無いのはとても快適だが……?」 「でも、私が一人だったら、きっと寂しいと思うな」 「俺はお前ではない」 「うん、解ってるんだけどね、やっぱり寂しそうなんだよ」 よし、決めた。 そういいながら、望美は木の上から飛び降りると出逢った頃のように木の実を集め始めた。 「私が人形を作ってあげる。知盛そっくりな奴だよ。前に重衡にもあげたらすごく喜んでくれたの」 「いらん」 「駄目、もう決めたの」 いらないといってるものをなぜ贈り物にしようとするのか、いまいち謎な望美の思考回路。今までの知盛はイライラしていたが、ここまで付き合うと逆に慣れるものだったりする。いちいちそれに腹を立てていたら、逆に疲れてしまう。 「勝手にしろ」 「勝手にする」 帰ったら早速布の用意だ。望美は良さそうな木の実を幾つか手に入れてから、知盛に別れを告げて家へと帰った。 望美とは入れ替わりで聞こえてきた声に、知盛はうんざりした。 「随分懐かれてますのね」 「お前か……帰れ」 波打った髪が知盛の頬に触れた。自分を見下げる女に、知盛は用などない。 「あら、ひどい。こうして逢いにきてますのよ、少しは相手なさってくださっても宜しいのに」 「話すことなど無い」 「あの娘にはあるのに?」 女の声に、殺気が含まれる。 「…………」 「ねぇ、あの娘、殺してしまってもいいかしら?」 「無駄なことを……」 「無駄なんかじゃありませんわ。貴方の心があの娘に奪われてしまう前に、あの娘の命を奪ってしまうんです。そうすれば、貴方の想いが傾くことは無い。以前のように、私だけを抱いて、私だけを見てくれる」 知盛は以前から、この女だけを見ていた覚えなどない。それどころか、誰かを見ていた覚えもない。いつも一人だった。一人が一番気が楽だった。こうやって執着されるのは癪に障る。 「俺は面倒ごとは嫌いだ」 「貴方に迷惑などかけません、わたくしが全てやりますもの。貴方はいつものように眠ってくださいな。そうして全てが終ったら、またわたくしだけを見てくださいね」 約束などする気も無い。返事もしない。けれど、女は不敵な笑い声を上げながら、知盛の傍から離れていった。 → 20061007 七夜月
|