曼珠沙華の咲くまでに 5




「牢屋へ連れて行け。婚儀の日まで決して出すな」
 帰って手当てを受けた望美が、父親である泰衡から貰った平手打ちとその言葉は、ただでさえ傷ついていた心を更にえぐるものだった。
「お父様、何を仰っているのですか!?」
 朔が反論しようにも、父親は何も言わない。朔のこと自体、眼中にないようだ。父親は望美を見下ろしたまま嘲笑する。
「婚約者というものがありながら、他の男と逢引した上、相手が鬼子だと。梶原の名を穢すつもりか? 自分が何をしたのか、じっくりと考えることだな」
「お父様、でも牢屋だなんて……! 望美は怪我をしているんですよ!」
「だったらお前も一緒に入れ。姉として、今回の事を止められなかった反省でもしていろ」
 泰衡は朔の言葉にも冷たく返すだけだった。
「やめてください、お父様。それこそ、朔には関係ないことです。朔を牢屋に入れたりしないで。お願いだから」
「勝手にしろ。重衡、お前の言う温情などのために、今回の事が起こった。これで解っただろう、例の件を進めておけ」
 泰衡はそれだけ吐き捨てると、供の者に声もかけず足音一つ立てずに去っていった。
 朔は望美の肩に手を置き、顔を覗きこむ。痛々しいほどに腫れ上がった頬に、朔の中で怒りと悲しみが浮かぶが、それでも父親にそれをぶつけることは出来なかった。誰も悪くない、運命の歯車がちょっとずつ狂ってしまっただけなのだから。
 いや、その運命の歯車を壊したのは、朔でもある。
「ごめんなさい、望美……私のせいでこんなことに……。罪滅ぼしにもならないけれど、私も牢屋に入るわ」
「ううん、いいの。これは私が悪いから。お父様の言うとおり、自覚が足りなかったんだよ……それに、朔が一緒に牢屋にいると、余計に辛いから。一人でいさせて」
 精一杯の微笑み。突き放すことが生む気遣い。お互いのお互いを思うが故の行動は悲しいことに相手に伝わっているのにすれ違ってしまう。
 首元に痣が残っている。締められた痣だ。重衡は今までのやりとりを黙ってみていた。苦しいくらいに朔の気持ちも望美の気持ちも胸に染みて、それゆえかける言葉が見つからない。一人の女房が付き従って立ち去っていく望美の後に続くさまを目で追い続ける。
 部屋の中に重苦しい沈黙が落ちた。
「十六夜君……貴方は……」
 重衡は呟いて、諦めの吐息を漏らした。


「どうして先ほど邪魔をなさいましたの?」
「俺の獲物を横取りしたのは誰だ?」
 眠っていたわけではないが身体を横にしていた知盛のもとにまたも歓迎しがたい客がやってきた。
 それを知り、知盛もやる気なく返事する。
「けれど、その後結局逃がしてしまいましたわね」
「お前が余計なことをしたせいで、興が冷めた」
「…………ッ!! やはり、あの娘のことを思ってらしてるのですわね。わかりましたわ、わたくしも決めました」
 突如、知盛の身体に起こった異変。
「……何をした」
「貴方の力を封じさせていただきましたわ。邪魔をされては困りますのもの。安心なさって、あの小娘を殺したら、きちんとお返ししますから」
「……貴様、こんなことをしてただで済むと思っているのか?」
「思ってませんわ、だから、言ったでしょう。決めました、と」
 たとえどんな仕打ちを受けたとしても、知盛が再び自分を見てくれるようになるならば、なんでもする。
 女は静かに燃える嫉妬の炎を瞳に宿して、気位高く知盛に告げた。
「どんな方法を使っても、わたくしは貴方を取り戻す。邪魔立ては無用ですわ」
「…………!!」
 高らかに笑った女は姿を消して、笑い声だけがそこに木霊していた。

 





    20061014  七夜月


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