離さない もう二度と



 この町が活気を取り戻したのはもう数年前になる。
 あの時は無我夢中で、自分も友も戦を終える事しか頭になかった。
 夢に見たこの景色。だが、時折この光景が夢のまた夢に思えて仕方ないのはやはり自分が武士であったためだろうか。
「くろうどの、くろうどの」
 どうした? と下に目線を下げると、九郎の袖を引っ張っていた3歳くらいの少女が九郎を見上げてにこっと笑った。
「あれがほしいな」
 少女が指をさしたのは、九郎の真上になっている柿。ちょうどいい色に染まっている真っ赤な柿である。
「あれがほしいな、とって くろうどの」
「柿か。お前の母上の土産にちょうどいいかもしれんな」
「うん」
 腕を高く伸ばしてみるが、頭一つ分届かない。
 仕方ないので九郎は少女を抱き上げると、自分の肩の上に乗せた。
 少女はきゃっきゃと喜ぶ声を上げながら、木になっている柿を思い切り引っ張った。ブツッという音と共に、柿が少女の手の中に納まる。
「取れたか」
「うん、ありがとう。くろうどの」
 九郎は少女を下ろすと、よしよしと頭を撫でた。少女はその行為にも嬉しげに声を上げていたが、何かを期待する眼差しで九郎を見上げる。
「くろうどの、もういっかい」
「何をだ」
「もういっかい のりたいな」
「ダメだ。自分で歩けるだろう」
 それに少女の母親からも九郎は言いくるめられていたのだ。あまり甘やかさないように、叱るときはちゃんと叱ってくださいね。と。
「のりたいな、のりたいな」
「あ、こら! お前は本当に母上にそっくりだな……なんでこんな元気なんだ」
 少女はのりたいなと言いながら既に九郎の背中にしがみつき、器用にもするすると九郎を登っていく。
 九郎はもはや言い出したら聞かないこの少女に諦めて、仕方なく肩車をしながら少女の家へと向かうべく歩き出した。心持は仕方なくでも、結局九郎はこの少女が可愛くて仕方ないのだ。また甘やかして!と母親に叱られるだろうが、この少女を思えばなんのそのであった。
 すると、道すがら見覚えのある後姿が見えてきて、あまりに似合わないその姿に九郎は思わず笑ってしまった。
「ヒノエ。お前も大変そうだな」
「九郎……アンタもヒトのこと言えないだろ」
 笑われたことを嫌そうに振り返ったヒノエは、背中で眠ってしまっている、九郎が肩車している少女と瓜二つな少女がずり落ちないようにと、抱えなおした。
「小さなお姫様は眠くてしょうがないらしい」
 ヒノエになついているその眠っている少女。その少女が眠る姿を見せるのは、ごく一部の人間にだけである。照れ屋な分、人見知りが激しく九郎の肩に乗っている少女とは正反対な性格だ。
 特にヒノエになついているのはなぜかと、理由を以前九郎が聞いたとき、その少女は恥ずかしそうにしながら呟いた。『ちちうえと、おんなじにおいがするの』と。それを間近で聞いていた父親は笑い出し、そこにいたヒノエは大層嫌な顔をした。九郎も笑うのをこらえて「そうか」と呟くことしかできなかったが、子供は敏感だから、血筋というものを鼻で感じ取ったのかも知れなかった。
「そのようだな。こちらは元気がありすぎて少々困りものだ」
 九郎の上ではしゃいでいる少女はヒノエの後ろで眠っている少女を見つけてまたも嬉しそうに笑った。
「ヒノエどの ヒノエどの。くろうどのと かきをとってきたよ。いっぱい くろうどのが とってくれた」
「へぇ、それは良かったね。きっとお前の母上も喜ぶよ」
「うん、ヒノエどのにも わけてあげる」
「それは嬉しいね。こんな可愛らしい姫君からの献上品だなんて、光栄の至りだよ」
 ふふふっと、少女は小さく笑った。家が見えてくると、ちょうど外で待っていたらしい朔が二人の姿を見て微笑んだ。
「おかえりなさい」
「さくどの ただいまー。くろうどのが かきを いっぱい とってくれたよ」
 自分がもぎ取った柿を誇らしげに見せながら、少女は胸を張った。そんな少女を九郎は地面へと下ろす。
「あらあら、随分仲良しね。こんな光景、なかなか見られないのではないかしら」
 ヒノエを見た朔の第一声に、ヒノエももうツッコむ気力すら残っていないのか、溜息をついただけだった。
「それで、朔ちゃん準備は進んだ?」
「ええ、とはいえ、身重なあの子を働かせるわけにはいかないから、簡単なものになってしまったけれど、せっかくの引っ越し祝いだものね。みんなも集まったし、今日くらいは楽しみましょう」
「景時は中か?」
「ええ、譲殿には及ばないけれど、兄上も料理を手伝ってくれてるの。リズ先生と敦盛殿も荷解きの準備を手伝ってくれたし」
 噂をすれば影で、ちょうど家から出てきた敦盛とリズヴァーンに柿を持った少女が駆け寄る。
「あつもりどの、せんせい、みて。これ、くろうどのと たくさん とってきたよ」
「良かったな、きっと母上も喜ぶだろう」
「お前が選んだものだ。神子が喜ばぬはずは無い」
 敦盛とリズヴァーンからそれぞれ頭を撫でてもらって満足した少女はえへへっと笑った。頭を撫でられるのが大好きな子供だ。と、心中を察した九郎は微笑ましい光景に顔をほころばせた。
「かげときどのはどこ?」
「土間に居た」
「ありがとう!」
 よほどみんなに見せびらかしたいのだろう。敦盛の言葉を聞き、少女は土間へパタパタと走っていってしまった。
「なんだか不思議ね、こんなこと想像すらつかなかったわ」
 朔がふとぽつりと漏らしたのを、そこにいた全員が黙って聞いた。
「あの子が幸せになってくれたのは、本当に嬉しいの。でも、実感ってあまり湧かないものなのね。というか、夢見心地というのかしら」
「仕方ないさ。それに実感なんて俺たちよりも本人たちが解っていればいいことだ」 
 何よりも大切なものを、かけがえのないものを手に入れた友人をこれ以上ないくらい羨ましく思う。だが、それ以上に、幸せそうな二人を見られて皆嬉しかった。
 この幸せが二度と壊れないように、九郎も他の人間も全力を尽くすのみだ。
「ふふっ、確かにそうなのかもしれないわね。ここで話していても仕様がないわ。その子が風邪を引く前に、中に入りましょう」
 朔は笑って頷くと、みんなを中へと促した。
 皆それに異を唱えることもなく、中に入っていく。
 葉が散る。この京にももうすぐ冬がやってくるだろう。けれど、もう二度とこの景色が消えてしまわないように、大事な人たちが幸せで居られるように、九郎は意思を強く持ち、新たな友人の家となった門をくぐった。


 



 恋愛のお題をまるっきり無視した話。未来予想図。
 余談ですが、九郎さんになついていた少女は九郎さんが大好きです。
 常日頃から九郎さんのお嫁さんになると豪語してます。
 ヒノエくんになついている少女もまた然り。(ただ敦盛さんとヒノエくんの間で 揺れ動いているという情報もあります/いらん裏情報だ)
 なんだかんだ言いつつ、ヒノエくんは悪い気はしてないです。
 ただ、お父様はあまりいい顔をしないみたいですけどね(笑)

 結局最後まで母親と父親を明かさなかったけどきっと解ったよね(爆)
 こっそりと続きますーのでよろしく♪あと一回だけですけどね。
 この話だけだと離さないというよりも、手放さないもう二度とって感じなので(汗)

   20060408  七夜月

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